〈NFTアート〉の可能性と課題
概要
2021年3月12日、デジタルアーティストBeepleの〈NFTアート〉《Everydays — The First 5000 Days》が、老舗美術品オークションハウス「クリスティーズ」のオンラインセールにて約75億円で落札された。その後も〈NFTアート〉が高額で取引される事例が相次いだこともあり、大きな注目を集めている。現在のアートワールドにおいては、作品の価値は価格で決まるというのが、良くも悪くも現実である。この価値観の延長線上で見ると、〈NFTアート〉のムーブメントは、新しい投機対象が増えただけのように見えてしまうかもしれない。しかしながら、現在のアートワールドと〈NFTアート〉のムーブメントは大きく異なる。
アートワールドにおけるアーティストたちは、美術館やギャラリーといった建物、キュレーターやギャラリストといった人など、物理空間における限られた資源のパイを奪い合わなければならない。これに対して、情報空間で展開されるブロックチェーン、およびそれを基盤とするNFTには、物理空間のような制約がない。それでいて、現実の世界と切り離されているわけではなく、暗号資産(仮想通貨)により現実と接続した文化的かつ経済的な活動である。ここでは、物理空間に構築されているアートワールドとはまた違う世界が醸成されつつあり、動的な変化が次々と起きている。その渦中にいる先駆的なアーティストたちを外側から観察し続けているうち、その先に何か違う世界が見えているのではないかと思えるようになってきた。そこで、注目のプロジェクトを主宰するアーティストたちが、〈NFTアート〉にどんな可能性を見いだしていて、どんな課題に直面しているのかを学び、議論するイベントを企画したいと思うに至った。 登壇者の一人、高尾俊介さん(Processiong Community Japan)は、2008年に情報科学芸術大学院大学[IAMAS]で修士号を取得、2015年より日々の活動として「デイリーコーディング」を継続しつつProcessingなどのコミュニティで活動し、主宰する《Generativemasks》は日本発で最大規模の〈NFTアート〉プロジェクトとして注目されている。もう一人の加藤明洋さん(nekonikobahn)も同じくIAMASで2018年に修士号を取得、ブロックチェーンが実装された世界を描くボードゲーム《TRUSTLESS LIFE》(修了研究でもある)や《BAIS》といったプロジェクトを展開し、情報空間と物理空間の両方にまたがる〈NFTアート〉プロジェクト《WAN NYAN WARS》を主宰している。本イベントでは、主催者および開催趣旨に関する説明に続いて、加藤さんによるNFTの歴史的背景と現状に関する概説、《Generativemasks》と《WAN NYAN WARS》それぞれのプロジェクトの詳細や直面した課題などについての話題提供、参加者からの質問にも応答しての議論という3段階で進行した。
《Generativemasks》は、プログラムによって生成したグラフィック1万点からなる〈NFTアート〉作品である。2021年8月17日に販売開始後わずか2時間で完売、その後も二次流通が活発に展開し、本イベント時点における総取引量(一次流通および二次流通の合計)は日本円換算で約13億円とされている。高尾さんを中心とした数名のチームで運営する寄付プロジェクトであることが一つの特徴で、クリエイティブコーディングに関連するコミュニティ、活動支援団体、企業などを寄付先として設定し、日本国内で公益財団法人をつくるべく準備中である。《Generativemasks》の基本的なビジョンは、Processingやクリエイティブコーディングのコミュニティに支えられている高尾さんのデイリーコーディングが面白くなれば《Generativemasks》の価値が上がり、《Generativemasks》の価値が上がれば収益が増え、Processingやクリエイティブコーディングのコミュニティも様々な活動ができるようになる、という円環の実現だという。プロジェクトが注目されたことで剽窃や盗用などに悩まされることも多かったというが、他のアーティストとのコラボレーション、メタバースでの展覧会など、次々と展開している。くわえて、コミュニティも活発で、派生物を手軽に作れるライブラリや、1万点の作品群を分析するなど、高尾さん本人ではできなかった活動も可能になってきていると話してくれた。高尾さん自身のこうした考えは、最近加入したDAO(Decentralized Autonomous Organization:分散型自立組織)にも影響されているという。
《WAN NYAN WARS》は、犬派と猫派の「戦争」をテーマにした〈NFTアート〉プロジェクトである。イベント当日の時点で流通しているのは、犬と猫、それぞれ100点のNFTで、これらの作品を所有している人々は、各シーズンの開催期間中に、自分が所有するNFTに対して1点までの物理アート作品を要求できる(NFTあたり10エディションまでの制限がある)。犬派と猫派による「戦争」の勝敗は、物理アート作品を要求する際に設定した寄付額の総額によって決まり、負けた方は物理アート作品を受け取ることができない。このため、「戦争」に勝つにはそれぞれが様々な戦略や戦術を考えて取り組む必要がある。さらに、物理アート作品のそれぞれに対してもブロックチェーン証明書が発行されており、二次流通させることもできる。シーズンごとに勝利した側の保護団体にそのシーズンで得た収益の全てを寄付する寄付プロジェクトとなっており、NFTの購入・転売者、物理アート作品の要求・転売者、寄付者、寄付先、これらエコシステムを応援する人々、そしてアーティストによる共同アートプロジェクトだと位置付けている。加藤さんは、自身がブロックチェーンに感じている可能性や、描いている未来について熱く語ってくれた。
最後の議論では、ここまでの話題と参加者からQ&Aで寄せられた中から、「NFTを購入する人は、何に対して価値を感じていて、お金を払うことで何の権利を持つことになるのか?」「〈NFTアート〉が発展していくために、どんなプレイヤーやシステムが必要なのか?」「これから〈NFTアート〉に取り組もうという人々に伝えておくべきことは何か?」の3つに絞って進行した。ピーク時で約200名が参加した本イベントは、開始から3時間を経ても議論が尽きることはなく、最後まで残った約120名の参加者による投票で約8割が継続的に議論できる場が必要だと回答した。このため、〈NFTアート〉のコミュニティでもポピュラーなボイスチャットサービス「Discord」上にサーバを作成し、本イベントを起点とした議論を継続することを呼びかけてイベントは終了した。
登壇者
話題提供者
- 高尾俊介(Processing Community Japan)
- 加藤明洋(nekonikobahn)
司会
小林茂(情報科学芸術大学院大学[IAMAS]Archival Archetyping研究代表者)